SUPERIOR インタビュー | TO DI WORLD -世界で活躍する日本人-

Interview




世界のトップサウンドとして知られるMIGHTY CROWNをはじめ、近年ではFUJIYAMAやJAH WORKSが世界最高峰のサウンドクラッシュ『WORLD CLASH』に出場するなど、数々の日本人プレーヤーたちが海外のステージで活躍を見せている。

そんな中、海外のイベントに出演するだけではなく実際に現地で生活をしながら日々サバイブするプレーヤー達も数多くいるのはご存知だろうか?
BUZZLE MAGAZINEでは、そんな”世界で活躍する日本人”にスポットライトを当てるニュープロジェクト《TO DI WORLD》をスタートさせる。

第一弾となる今回は〈SUPERIOR〉DAICHISHOTTAにインタビューを決行。
ジャマイカとニューヨーク、メンバーそれぞれが長期滞在から帰国し、日本での活動を本格的にスタートさせた注目のニュージェネレーションサウンドだ。海外での生活を振り返ってもらい、現地での活動や苦労について話を聞いてみた。

昼から朝まで働く生活を始めたっすね、ニューヨークのために | DAICHI

BUZZLE MAGAZINE(以下BM)SUPERIORの始まりは?

DAICHI趣味の延長から始まったんでSUPERIORとしては正確にいつかちょっと分からないんですけど、2009年ぐらいからだと思います。オリジナルメンバーは今残ってるのは俺だけで、昔からクラッシュとかコンペティション系にはちょこちょこ出てました。最初はそうゆうのをメインでやってたけど…今は別にそんなことないよな?何でもやります。

SHOTTAうん、何でもやります。

DAICHIで、やってく内にKEITA(現在もニューヨークで活動中のメンバー)が入って、最後にSHOTTAが入って今って感じです。あとは裏方というかチームは結構居てるんですけど、プレイヤーとしてはその3人です。

BMプレイヤーが3人とも海外に出てるけどそのキッカケは?

DAICHI俺は日本でけっこう自分自身の限界を見てたっすね、MCをしてて。これ以上ここでやってもって思ってもうてたっす。なんかもう言う事も何もないし、真似っこの限界を見てたと言うか、もう真似するしかなかったです当時は。曲が何言ってるかなんて全然理解してなかったし、もう行き詰まり過ぎてたから行こかなって。それとMIGHTY CROWN、自分のスーパースターなんですけど昔から。一歩でも近づく、越えるためにはと思って。あとRIOくん(KING LIFE STAR)のブログ。


SHOTTA
RIOくんのブログ!(笑)

DAICHI昔一人暮らししてた時に携帯洗ってもうたんですよ。そん時はニューヨーク行く金ないからカナダ行こうと思ってて。どんだけ調べてもニューヨークめっちゃ金かかるって書いてたから。で、携帯洗濯したから昔の携帯を代わりに使ってたんですけど、ブックマークに昔RIOくんがニューヨークに住みだした時ぐらいから日本帰るちょっと前ぐらいまで続けてたブログがあって。それを発見してもうて朝まで徹夜して読み切ったんですよね、何年分かを。そんで次の日の朝夜勤のバイトに電話して、昼から朝まで働く生活を始めたっすね。ニューヨークのために。

ジャマイカに呼ばれた | SHOTTA


SHOTTA俺はちょうど前のサウンドを抜けてセレクター1人でってなった時に、セレクターの技術をレベルアップしようと思って…ジャマイカに呼ばれたって感じですね。

BMカッコいいフレーズ出たね(笑)

SHOTTAジャマイカに呼ばれた(笑)

BM海外としてはジャマイカしか考えてなかったんだ?

SHOTTAそうですね、僕の中では。

苦労したのやっぱMCですかね、英語が全然喋られへんかったから | DAICHI

DAICHI平日は毎週レギュラーパーティーで回して、あとは営業入ったとこに行くって感じでしたね。クラッシュも2週連続でやりました。
火曜日にやってたHENNESSY TUESDAYっていうのでは最初回させてもらった時とかは全然アーリー、超ドアーリーみたいな。でも早めの時間でも練習がてらMC入れてたりとか、当時は住み出したばっかりっていうのもあってか日本人の友達たちもよく遊びに来てくれてて、「お前そんな日本人呼べんねんな。」って感じで仲良くなって認めてもらえたりとか。日本人のやつがこっちのやつ呼べねーだろみたいな感覚も少なからずありそうやしアイツらも。どんだけ自分の国のやつのプロップス持ってるかみたいのも見てるやろうし、毎回プレイヤーの自分らだけで行くよりは2人とか3人来てくれるだけでも全然ちゃうかったと思います。

BMなるほど、海外にいても日本人のサポートが力になるんだ。

 
 
 
 
 
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DAICHI
あとはブロンクス(地区の名前)でUNWIND THURSDAYっていうのもやってましたね、途中からは行かなくなったんですけど。

BMPLATINUM KIDS(US RUMBLE 2017チャンピオン)のパーティーだよね?

DAICHIそう、モンスターパーティー過ぎてどんだけがっついても早い時間のちょっとしかやらしてくれへんみたいな。でも今思えばもうちょっとやり方あったなとは思うっすね。まあそれもいい経験で。

BMやっぱりどこの現場も一筋縄じゃいかないってことだ。実際にプレイしてて苦労したことは?

DAICHI俺はやっぱMCですかね、英語が全然喋られへんかったから。最初の頃はSTONE LOVEとかの音源とかYouTube聴いてもろパクリでした(笑)最初から最後までノートに書き起こすんすよ、パクったやつを書きまくったノートも何冊もあるっすね。まあもう今は覚えてないけど当時はそれが全てで、俺のやり方はそうでした。分からへんところはカタカナで書いて、自分で発音してみたやつボイスメモに残しとくとか。それでパーティーでもそのままのことをやってて、かつ学校も行かなかんから英語も勉強するじゃないですか。で、だんだん自分で考えて言えるようになってきました。でもやっぱクラッシュの前はめっちゃ準備したっす。どう言ったらおもろいかな?みたいな、曲を。やっぱこっちだとみんな曲を分かるからそんなストレートに言わんでも、曲をちょっとだけ匂わしてあとは曲に喋らせたらウケるみたいな感覚が身に付いたかなと思うっすね。

日本に住んでたら出来ひん経験をパーティーを通じてさしてもらった | DAICHI


DAICHIニューヨークに住んでる間にジャマイカにも行ったし、その時のジャマイカが一番衝撃やったっすね。一番最初に行った時より。

BM初めての時より衝撃を受けたんだ?

DAICHI喋れるようになってアイツらが言ってることとかも全部分かるし、言いたい事も全部言えるからアイツらが俺のことを見てる目が明らかにちゃうかった。だから無駄な時間なく色々進むみたいな。ある程度ね、ある程度。アーティストの性格とか言ってることのニュアンスとかも言葉分かるから読み取れてきてめっちゃ面白かったっすね。

BMなるほど。言葉が分かったら他の国に行っても全然感覚が違うだろうね。

DAICHIあとは南米唯一の英語を喋る国ガイアナにもツアーに行きました。HENNESSY TUESDAYで出会ったガイアナ人のやつと仲良くなって「ガイアナ一緒に行こか。」ってなって。当時全然英語も喋られへんかったけどVIBESで連れてってもらいました。パーティーの予定入れてくれて、向こうの国のNHKみたいなラジオにも出してもらったし。
なかなか日本に住んでたら出来ひん経験をパーティーを通じてさしてもらったっすね。ガイアナなんか聞いた事もない国じゃないですか普通(笑)

SHOTTA & BM
いた事ないね(笑)

もうその次の日のダンスで声掛けて、回させてくれっていうところから始まった | SHOTTA

SHOTTA月曜日はHOT MONDAY、木曜日はWHAPPING THURSDAYでFIRE LINKS(ジャマイカのトップサウンドの一人)とずっと一緒にやってました。行ってすぐは何も出来なかったんですけど、STAINY(当時のFIRE SOUNDのメインセレクター。現在はGAME CHANGAZに所属。)をクラッシュで見て初めて知って、こいつヤベー!ってなって、もうその次の日のダンスで声掛けて、回させてくれっていうところから始まったっすね。

BMすぐにプレイをさせてくれた?

SHOTTAWHAPPINGの時に声掛けたんですけど、「じゃあとりあえずHOT MONDAYに来い、そこで一回見てみるから。」みたいな感じで。それで次の週回しに行って、なんかまあ”合格”じゃないですけど、HOT MONDAYもWHAPPINGも両方回しに来いって言ってもらえて、そっからですね。週末とかは一緒にコンチ行ったり。

BMFIRE LINKSのパーティーってジャマイカでもトップクラスだと思うし、相当知識とかスキルが必要なんじゃない?



SHOTTA最初とかは5分10分プレイしてすぐ「もうお前変われ!」とかでパソコン閉じられたりもしましたね。で、SOULを勉強してこいとかDISCOを勉強してこいとか、一個一個こうゆうのをもっとかけれるようにとか言われて。それを1週間ずっと家で勉強して、また次の月曜日とか木曜日に練習したことを出しに行くって感じでした。



BMもうテストみたいな感じだ。

SHOTTAですね。それでだんだんプレイさせてもらえる時間が延びてきて、「15分で交代な。」とか言われても15分後なんも声掛けてこやんと気ついたら30分とか1時間2時間とかやるようになって。いい時間の前までは回せたりとか。それに半年くらいかかりましたね。

BMそこまでに半年かかったんだ。厳しい世界だね。



SHOTTA厳しかったですね。LINKSのダンスではREGGAEかけるまでに2ヶ月ぐらいかかったっすね。最初は夕方とかのほんまの早い時間でDISCOとかしかかけれなかったです。

BM他の場所でプレイすることもあったの?

SHOTTA他でも単品で1人で呼ばれたり、あとは毎週PUM PUM SHOPでも回してました。



BMPUM PUM SHOP(笑)

SHOTTAなかなかいないと思うっすね(笑)

自分の好きなものしか無い | SHOTTA

BMジャマイカの良いところは?

SHOTTAジャマイカはもうずっと気候が良いっすね。過ごしやすい。あとはもう自分の好きなものしか無いっすね。不便な国なんですけど逆に必要最低限のものしか無いんで。

BM何も無いからこそREGGAEが生活の中心になるってことか。

SHOTTAそうっすね。必要最低限やからこそ、そこに特化したと言うか。そこに時間を掛けれましたね。

入国審査で、「今から3曲かけなさい」| SHOTTA

SHOTTAジャマイカに滞在できる期間が延長しても最高半年なんですけど、ビザの関係で。だから半年経って一回ニューヨークに出てビザを取り直してジャマイカに戻ったんですけど、半年ジャマイカおって1ヶ月ニューヨークにおった日本人が何しに戻ってきたんだ的な感じでその日の最終便で止められて。「音楽でお金を稼いでるでしょ?」みたいな。(就労可能なビザを持たない外国人が現地で働くことは禁止されている。)ジャマイカやったらサウンドマンは仕事なんで。で、イミグレ(入国審査)のおばちゃんに「私では対応できないからここのボスに対応してもらってください。」って言われて、とりあえず別室に連れていかれたんですよね。そこでカバン全部開けられて、コントローラーがあったりパソコンあったりとかで「やっぱり仕事してるやん。」ってなって。でも稼いでない稼いでないって言ってたら、「もう分かった、とりあえずパソコン開いて電源を入れなさい。」みたいな話になって。

DAICHIなんでやねんってなるな(笑)

SHOTTAその時点でなんでやねんなんすけど、どうゆうことかなと思ったら「今から3曲かけなさい。」って言われて。


BMさすがジャマイカ(笑)

SHOTTAよく分からへんかったんすけど、とりあえずパソコン立ち上げてコントローラーにセットして「3曲かけなさい。はい、どうぞ!」みたいな感じでパスされたんすけど、そこで3曲かけたらめちゃめちゃBUSSって、BUSSって手上げたそのままの勢いでスタンプ(入国許可)どーん!ってもらって「GWAAN JAPANESE!」言われました(笑)

全員(爆笑)

DAICHIちなみに何の曲かけたん?



SHOTTAそん時流行ってたポピー(Popcaan)の《World Cup》。で、Mavadoの《Big League》。で、その時話してたボスっていうのがイミグレの中のWORLD BOSS(Vybz Kartelの異名)って呼ばれてるらしくて、これはカーテルや!思って。お金の話もしとったし、めちゃめちゃ流行ってた《Western Union》かけて、それでビザいただきました。

BMほんとジャマイカってマンガみたいな話ばっかりだね(笑)


SHOTTAちなみにそっから3ヶ月おって、延長しようと思ってイミグレに行ったらパスポート没収されました(笑)

BMさすがにそこが限界だったか(笑)

別のパトカー乗せられて、「録ったDUBかけろ」| DAICHI

DAICHI:俺はクラッシュ前にジャマイカにDUB取りに行った時にめっちゃでかい銃持ったポリスに止められて、降りて来いってなって「カバンの中見せろ。」って言われて。その日ポピーとかも録る予定やったからありえへん量のUSドルが出てくるわけですよ、バサバサバサって。「お前これなんや、なんか売ってんのか。」みたいになって。DUB録るためやねんけどって言ったら、なら分かったって言われて俺だけ別のパトカー乗せられて「録ったDUBかけろ。」って言われて。

BM
やっぱりそうなるんだ(笑)

DAICHI
そん時一番ゴリゴリアツかったポピーの《Stray Dog》とかChronixxの《Spanish Town Rockn’》とかかけたら許してくれて行けってなったっすね。

BM:それだけヤバいDUBだったらポリスも許すしかないね(笑)

DAICHIまあジュース代だけくれって言われましたけどね(笑)

BM見逃してもらうためにワイロを渡すみたいな感じだ。

DAICHI結局なんのために止めてんのって感じですけどね。ジュース代欲しいだけやんみたいな。

SHOTTAほんまそんなんやで、ジュース代とか飯代とか。

BMもはやただのカツアゲだね。

DAICHIほんまに。公的なカツアゲ(笑)

夢見てるだけじゃあかんでって、あいつらが歌ってることを日本語で俺らが伝えていかなあかんと思ってます。

DAICHI日本一のレゲエタウンって言われる大阪は、もっとみんなでもっと考えてやる必要があるかなと思います。俺らが新しい一石を大阪のレゲエシーン及び日本のレゲエシーンに投げていかんとあかんかなと思うっすね。というかまあもっと俺らが若いやつに影響力を持たんと自分らだけじゃ絶対変えられへんし、まあ海外と日本は別物やと思うけど次のステージに行くにはやっぱ俺らだけじゃなくて若いプレイヤーとか同じようなビジョンを持った歌い手とか、そうゆうやつらが現れてくれるように俺らが動かんとあかんなと思います。もう現実しかないから。REAL LIFEはREAL LIFEなんで。

SHOTTAINNA REAL LIFE〜♪

DAICHIちゃんと考えなほんま終わる。夢見てるだけじゃあかんでって、あいつらが歌ってることを日本語で俺らが伝えていかなあかんと思ってます。

BMプレイスタイルというか、ジョグリンとかサウンドクラッシュとかにはこだわらない?

DAICHIはい、盛り上がるためやったらなんでもします。

SHOTTA音楽します!どっちの良さも伝えていきたいですね。

BMこれからSUPERIORが日本でも活躍する姿を楽しみにしています。今日はありがとうございました。

SHOTTAJORIさん(同席していたSUPERIORの裏方メンバー)最後になにか?

JORI僕っすか!?

DAICHIBUZZLE MAGAZINEに一言。

JORIえー…なんやろ…。

…。

…腹八分目で。

全員(爆笑)

 

■Superior(スペリアー)■

2009年頃、Daichi率いるオリジナルメンバーで活動を開始。
活動当初から乃木坂CUPやNESINCARON MUSIK主催の”BOICE & PLATE”など数々のCompetitionに積極的に参加して、常に新しい風を吹き込む姿勢は今も変わらない。
2015年からKeita, Daichiは活動の拠点をNYを移し、主にBronx, BrooklynのパーティーでSkillを磨いた。
2018年にPhiladelphiaで行われたSound Clashでは見事優勝、さらになんと翌週行われたBronxでのSound ClashではTune Fi Tune前に惜しくも敗退。
2018年10月には活動の拠点をJamaicaに移していたMadmove Entertainment所属Shottaが加入。
2018年末にはDaichi, Shottaが帰国し、日本ダンスホールシーンを中心にブチ上げるために活動中。

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