「人の死を見た時に自分の生き方を考えた」国際機関でジャマイカを支援 | 仲村秀一朗インタビュー

「自分のやりたいことはなんだろう?」人の死をキッカケに自分を見つめ直したと語る仲村秀一朗さん。ジャマイカへ渡り青年海外協力隊としての活動を経て、国際機関で働くという夢を叶えた。開発途上国への支援活動を行ってきた彼の視点から見るジャマイカという国の特徴や、抱えている問題とは何か? また、自分の置かれた環境を言い訳にすることなく、目標を達成するために努力を惜しまない彼の運命の変え方についても語ってもらった。

人の”死”を見た時に自分の生き方を考え

– BUZZLE MAGAZINE(以下BM):それではまずは、仲村さんのジャマイカでのお仕事についてお伺いしたいです。

仲村秀一朗僕は国際機関に勤めていて、自分の職場の本部がワシントンDCにあり、そのジャマイカ支店に勤めています。

BM:国際機関ではどういったお仕事をされているんでしょうか?

仲村秀一朗具体的には、ジャマイカやトリニダード、ハイチなどのカリブの国々や、グアテマラなどの中南米やラテンアメリカの国々の政府に対してお金を貸す職場で勤務しております。

BM:仲村さんの Twitter にはジャマイカの小学校で避難訓練の指導をされている様子が掲載されてましたが、それもお仕事の一環だったんですか?

村秀一朗それについては今の職場に採用される前で、JICA(国際協力機構)の青年海外協力隊でジャマイカに派遣されていた時ですね。ジャマイカのポートランドっていう一番小さな州があるんですが、消防士の経験があったのでそこの防災課に配属されて、そこでは活動の一環で学校で避難訓練の手伝いなどをしていました。

BM:現在の職場に勤める前からジャマイカに行かれていたんですね。青年海外協力隊に参加されていたキッカケは何だったんでしょうか?

仲村秀一朗もともと僕は沖縄で8年ほど消防士として勤めていまして、最終的なキャリアの目標は国際機関で勤めることだったんです。例えば国際連合とか世界銀行で働くことが夢だったんですね。その国際機関で働くためにやらないといけないことがあって、1つ目が大学院に行くことだったんです。その修士号を消防士のときに働きながら取ったんです。それで2つ目が、英語力を鍛えること。ある程度点数も取らないといけないんですが、僕は米軍基地の消防士の経験もあったので英語力はクリアできたんですね。そして3つ目が、途上国での勤務経験が重要視されることなんです。やっぱり国際機関は途上国の支援のためにある機関なので、途上国での勤務経験があったほうがもちろん優遇されるんですよね。沖縄県で消防士として勤めている以上途上国には行けないから、自分の目標を叶えるために消防士を退職して、JICA の青年海外協力隊としてジャマイカに派遣してもらいました。

BM:国際機関で働くためにまずはジャマイカで勤務経験を積まれたということですね。国際機関で働くことはいつからの夢だったんですか?

仲村秀一朗高校1年生の頃に米軍基地の高校生の交流会に参加したんですね。そこで国連模擬会というのがあって、高校生がシュミレーションで各国の代表として集まって英語で意見を言い合うっていう場だったんですけど、そこで頭の中に国際機関という言葉だけが残っていて。英語が得意で好きだったので大学に入ったんですが、大学生活では国際機関という言葉は忘れていて、就職先を決めるときに良い給料も貰えるし、人のためにもなるしっていうことで消防士になったんです。消防士になって、仕事上やっぱり人の死をたくさん見るわけじゃないですか。人の死を見た時に自分の生き方を考えるわけですよね。人の死を見て自分の生を考えるというか、やっぱり人間生きているからには終わりがあるわけじゃないですか。短い人生の中で何がしたいか考えたときに、小さな沖縄だけで一生を終えるのは嫌だなっと思って。海外でなにか勝負したくてもちゃんとした仕事がないと勝負できない。ボランティアではやっぱり生きていけないので、どうしようかなと思ったときに国際機関っていうワードが浮かんできて、「あ、あったじゃん。」って。そっから、国際機関で働くためにはっていうことを調べ上げて、大学院に通って必要なものを持って JICA に参加したってことですね。

ジャマイカは2つの顔を持っている国

BM:現地で関わってきたジャマイカの方々はどのような人たちでしたか?

村秀一朗:実にいろんな方々にお世話になりました。前職の JICA 青年海外協力隊ではジャマイカの地方の方々と多くの時間を過ごしましたが、おおらかな性格で少しのことでは動じないタフな精神の方々が多いように感じました。また女性のバイタリティが特に凄くて、実に多くのことをジャマイカの方々から学びました。現職ではいわゆるエリート層のジャマイカ人と働いておりますが、非常に優秀で仕事面でもプライベートの面でも助けていただいております。

BM:青年海外協力隊や国際機関での経験を経て、ジャマイカはどんな国だと感じましたか?

仲村秀一朗BUZZLE MAGAZINE さんがインタビューされてきたダンスホールアーティストさんの方々も同じことを言うと思うんですけど、日本から見るジャマイカと、ジャマイカに居て見るジャマイカって全然違うんですよ。ジャマイカって本当に2つの顔があって、1つはものすごい貧困層が多いこと。やっぱりダンスホールアーティストの方々は、どっちかっていうとそこのコミュニティと一緒にダンスに行くみたいな感じじゃないですか。なのでそこのコミュニティの一面は見えていると思うのですが、逆にお金持ちもめちゃくちゃ多いんですよ。僕はどっちかって言うと仕事の関係上アップタウンの人たちと関わることが多くて、そういった意味でジャマイカは2つの顔を持っている国だと感じました。日本みたいに真ん中がいなくて、貧しいか金持ちか。そんな国ですね。

BM:どうしてそういった貧困格差が生まれてしまうんでしょうか?

仲村秀一朗日本も世界もそうなんですが、富裕層と貧困層の差をどう縮めるかというと富の再分配ですよね。富裕層に税金をかけて、その税金を貧困層に還元していくことが大切なのですが、なかなか難しくて。富裕層は知識が豊富な分、資産の運用についてより知識が豊富なんですよ。あとはジャマイカは全体的に消費税がものすごく高い16.5%です。消費税は富裕層だけじゃなくて全体にかかるので、それも負担になっています。しかもジャマイカってめちゃくちゃ物価が高いんですよ。日本よりも高くて、なんでかっていうと島国なのですべてを輸入してるんです。その輸入コストがかかるので海外から商品を持ってくると物価も上るんです。なのでなかなか貧困格差の是正が難しいですね、ジャマイカ政府も努力はしてるのですが。

BM:現状を打開することができないジャマイカ政府の課題は何だと思いますか?

仲村秀一朗1つは予算が少ないことですね。問題が山積みしているんですが、お金がないっていうのが 1つ。簡単に言うと、政府がお金持ってくるのは国民から貰う税金なんですけど、そもそも国民の所得がないと税金が取れないじゃないですか。そういった負のスパイラルに陥っているので、やっぱり1番は国民の所得を増やすこと。所得を増やすには仕事を増やすことっていう解決策があるのですが、1年や2年で解決できることじゃないので、やっぱり予算がないっていうのが1番の問題かなと。

BM:途上国ということもあり、まだまだ多くの問題を抱えていそうですね。

仲村秀一朗僕は開発に携わっている分、ジャマイカの問題はたくさんあると感じます。例えば質の高い教育がないことや、天然資源がないこと。観光業に頼りすぎていて、コロナでも国境を締めてしまったので、その結果一気に観光業が壊滅したりしました。ホントに色んな問題が山積みになっています。ジャマイカは仕事も少ないですし、そのため質の高い教育を受けた人々は海外に出ていってしまいます。なので国に貢献する優秀な人材が集まらない。ホントに色んな要因が重なり合っていますね。

BM:青年海外協力隊もそういった問題の改善に取り組んでいるかと思うのですが、仲村さんはどういった活動をされていたんですか?

仲村秀一朗青年海外協力隊では専門性を見られるんです。だから僕は消防士の経験を生かしてジャマイカの防災隊員として勤務しました。カリブ海の国々は気候変動や自然災害にものすごい弱いので、防災っていうテーマは意外とジャマイカの政府はもの凄い力を入れています。例えば、隣の国のハイチでは2012年に大地震が起きて2万人が亡くなっているんですね。ジャマイカもハイチと同じ地質にあるので、ジャマイカでもしこのようなことが起きてしまったら壊滅的なダメージを受けてしまう。そうなった場合の避難訓練の指導をしたり、ハリケーン等に備える建物の仕組みや、避難所の仕組みを防災課の人たちに伝えたりなど、ソフト面での活動をしていましたね。

https://twitter.com/hidenakamura9/status/1283590292218753025?s=21

BM:防災隊員以外の隊員の方々はどのようなことに取り組んでいましたか?

仲村秀一朗例えば、環境問題に取り組む隊員も居ます。ジャマイカに行ったことのある方はご存知と思いますが、ジャマイカは非常にポイ捨てが多い。教育の差と言うと失礼かもしれないですが、まだそういった部分に意識が向いていない。ジャマイカは日本とは違って排水口がなくて、雨が降ると道路の上を水が流れていくし、ポイ捨てされたゴミは水を流れていってそれが川や海に流れついてしまう。ジャマイカは観光立国で、特にアメリカからジャマイカのビーチを楽しみに来ているのに、一方でゴミとかが山積しているのを見ると観光業にダメージですよね。そういったものを対処する環境隊員もいます。

アーティストやダンサーの活動は、日本政府が勝てないこと

BM:そういった活動の他に、一般の人がジャマイカに対してできる支援はありますか?

仲村秀一朗まず、BUZZLE MAGAZINE さんのようにジャマイカの魅力を情報発信していくことは大切なことだと思います。僕がやっている仕事や青年海外協力隊での仕事もそうなんですが、日本とジャマイカの外交っていう面で日本に有利な材料にしたいんです。お金払って開発を支援して、「日本ありがとう!」みたいなことをしたいんですよ。ジャマイカの中で日本の知名度を上げたいんですけど、道端を歩いてるとジャマイカ人は中国人と日本人の区別がつかなくて、ミスター・チンとか中国人とか呼ばれるんですよ。ジャマイカにもチャイニーズジャマイカン(中国系ジャマイカ人)がたくさんいるからっていうこともあるんですが。青年海外協力隊はどうやったら日本の知名度を上げることができるかって力を入れてて、それでもなかなか上手くいかない。それが課題なんですけど。

BM:まだまだ日本という国についてよく知られていないんですね。

仲村秀一朗でも僕が日本のアーティストの方々と一緒にダンスとか行ったら、誰も僕たちのこと中国人って言わないんですよ。日本人って呼ぶんですよ。会場に行ったら、DJ の方が「みんな、ジャパニーズが来たぜ!」ってみんなに言ってボスる (盛り上がる) んですよ(笑) なぜこんなに違うかと言うと、日本のダンスホールアーティストやダンサーの方々とかは貧困区に顔を売りにいくというか、現地の人と仲良くして日本の良さや日本人がどれだけジャマイカを愛しているか伝えてるんですよ。それは彼たちしかできない。レゲエを愛している人やダンスホールを愛している人がいるからこそ、そこでは日本人の知名度が高いんですよ。中国人はダンスには行かないので。そこがめちゃくちゃ素晴らしいことだなと思う。ダンスホールアーティストやダンサーの方々がやっている活動は、実は日本政府が勝てないことだと思う。

目標持って自分を信じることが大切

BM:自分のやりたいことがなかったり、チャレンジする勇気を出せなく苦労している人も多くいますが、夢を実現できた仲村さんだからこそできるアドバイスはありますか?

仲村秀一朗自分を信じることだと思います。沖縄って極端に選択肢が少ないんですよ。沖縄の子どもだったらアクターズスクールに入って安室奈美恵みたいになりたいって言っても、「あなたには無理だから公務員になりなさい。」って親に言われるんです。絶対に言われるんです。沖縄では公務員になりなさいっていうことがほとんど。夢とかじゃなくて、公務員になれれば勝ち組みたいな。与えられる選択肢がそこしかないんですよ。そんな社会に生きているから、他にオプションがあることすら分からないから夢も見つけきれなくて。

BM:やりたいことがないというよりは、自分に出来ることがないと思っているから夢の選択肢がなくなっているってことですか?

仲村秀一朗そう。沖縄の人ってものすごく自己肯定感が低くて自分たちに自信がない。沖縄県ってやっぱり戦争を体験して焼け野原からきたので、米軍に統治されてそっから日本に戻って、本土の人から沖縄の人は日本語ができないとか学歴が低いとか言われながらもやってきて。そういった背景から戦争体験者の両親が自己肯定感が低い人が多いので、その自己肯定感の低さが子どもに伝染してしまうんですよ。子どもが夢を見つけても、あんただったら出来ないから真面目に公務員になりなさい、リスクは取るなっていうことが孫にも伝染する。僕はそんな環境で育ったのですが、これは夢が見つけきれない人にも当てはまることだと思っていて、選択肢の幅を広げるためにも自己肯定感を持つことは大切だし、自分に自信を持ってリスクを取ることを恐れないことがとても大事。

BM:仲村さんが以前に受けられた新聞社のインタビュー記事に、「投げ出すな。運命は変えられる」とコメントされていましたが、家庭環境など自分と同じような逆境にいる人たちにアドバイスはありますか?

仲村秀一朗僕は自分が置かれている立場を逆境とは思わなくて。沖縄出身だから周りなんて片親が多いんですよ。逆に、逆境と思っちゃうとダメだと思います。なぜかというと、片親とか、父親がアル中とか、そんな境遇の人は世の中にごまんといるわけですよ。ジャマイカとかは虐待の問題も多いし、貧困の問題もある。僕たちは日本にいて、先進国に生まれといて「片親だかグレる」とか「逆境だ」とか言っているのは言い訳だと思うんですよね。途上国の人たちと比べると。それを逆境と思わないで、自分が出来ることや自分がコントロールできることに集中したほうが良い。この時間に何するかとか、何食べて運動して勉強するとか。環境とか、どんな親に生まれたとか、親が片親とか、離婚とか、自分がコントロールできないことは仕方ない。自分が変えることができないのだから、それはそれ。自分ができることとキッパリ分けて、自分ができることを粛々と目標に向かって行動する事が大事なので。目標持って自分を信じて、あとは自分ができることに対して集中していくことが大事だと思います。

BM:途上国での生活の経験から自分の環境を見直すこともあったんですね。

仲村秀一朗そうですね。僕たちは運良く日本に生まれたじゃないですか。最近では ZOOM で好きな時に顔を合わせて会議できる。そんなテクノロジーにも恵まれているじゃないですか。ジャマイカの人たちってそういうことができない人たちのほうが多い。そんな恵まれた環境に生まれたことや、五体満足でいれることとか、日常の感謝を忘れないことを海外生活を経て大切だと思いました。

BM:国際機関で働くという夢を掴んだ仲村さんですが、今後の目標や展望についてお聞かせください。

仲村秀一朗これからも当面は国際機関でのキャリアを積んでいきたいと思います。個人的なキャリアとは別に、日本の方、特に沖縄の若い人たちにキャリアにはいろんな選択肢があるということや、沖縄を出て世界を見ることの大切さ発信していければと思います。

仲村秀一朗 プロフィール

沖縄県中城村出身

学歴
普天間高校
沖縄キリスト教学院大学
吉備国際大学大学院

職歴
嘉手納空軍基地消防隊
米陸軍基地トリイステーション消防隊
青年海外協力隊としてジャマイカのポートランド教区事務所防災課に勤務
米州開発銀行ジャマイカオフィスに採用され現在に至る

【Instagram】@nakamura_hideichiro
【Twitter】@hidenakamura9

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